はじめに

鷲見唯徳の、主に日本画を中心とした過去の作品展示をしています。

※ 現在展示中の作品は「深淵」をテーマにした日本画作品のみです。その他の作品は後日追加予定です。

作品のテーマについて

このサイトで展示されているそれぞれの作品は、その時の私の心の深淵を表現したものです。難聴という障害者としての孤独・疎外感、そして人生への迷いをありのままに、その葛藤と過程を作品にとどめておこうとしたのが始まりで、「深淵」というテーマで描き続けていました。作品に一貫してトルソを使う理由は、特に自身の障害を通して、人・物事や日常にある「不完全」の美に、理解と興味を持っているからです。

鷲見唯徳(すみ ただのり) 略歴

岐阜県岐阜市出身、神奈川県横浜市在住

1970年8月 愛知県名古屋市に生まれる。
1997年3月 武蔵野美術大学 造形学部 日本画科 卒業
2000年6月 第18回 岐阜・現代の美術2000展 岐阜県美術館
2000年7月 グループ展「游ノ会」(鷲見 他5名) あかね画廊
2001年6月 第19回 岐阜・現代の美術2001展 岐阜県美術館
2002年6月 第20回 岐阜・現代の美術2002展 岐阜県美術館
2003年2月 グループ展「游ノ会」(鷲見 他3名) ギャラリー毛利
2004年4月 一身上の理由により、制作活動休止

公募展の入選歴へ進む

公募展

1998年3月 第33回 日春展 初入選 「静かな刻(とき)」
1998年3月 第9回 臥龍桜日本画大賞展 入選 「人」
1999年3月 第34回 日春展 入選 「トルソ」
2000年9月 第32回 日展 初入選 「孤独」
2001年3月 第36回 日春展 奨励賞 「トルソ」
2002年3月 第37回 日春展 入選 「背」
2002年9月 第34回 日展 入選 「人・一対」

日本画とは?

1997年に書いた日本画についての説明です。現在の日本画は更に多様化し、この説明は一部時代遅れの感がありますが、そのまま掲載します。

下線(点線)のついた文章の上にマウスを持っていくと、補足説明のツールチップが出ます。音声だけの場合、説明順序が正しくないことで意味不明になると思います。

日本画ってどういうもの?よく聞かれるのですが、実は私たちも目で実際に観てなんとなく判断できるというだけで、説明することがとても難しく思えて口が重くなってしまうのです。だから、私たちの再確認のためにも、この場を持って、「日本画」を説明したい と思います。

ここでは、日本画を「素材」「表現」「歴史」「現在」の4つの視点から考えたいと思います。

日本画の素材へ進む

日本画の素材

名刺に「日本画家」と書く人はいますし、大学も「日本画科」といっていますが、決して日本独自の絵画ではないのです。日本画というものは、絵具を画面に乗せるために「膠(にかわ)」という動物の骨から採れたコラーゲンに含まれるものを接着剤にして使って描くため、別名「膠絵」とも呼ばれています。ところが、「膠絵」というものは別に日本だけではなく、西欧でもルネッサンス以前・以降を含めて、ほとんどが膠絵なのです。例えば、イタリアの教会の天井画によく見られる天使やキリスト・神話の絵も「テンペラ画」という膠絵がほとんどです。ですから、厳密に言えば、日本画という名称はおかしいのですが、世界中を見渡しても、自分の国名をつけた絵画を持っているのは日本画だけです。ヨーロッパのどの国でも、自分の国名をつけた絵画というのはありません。あえていうなら、「国画」と表わしていた中国が最近になり「中国画」と表現するようになったくらいですが、どうも「日本画」という名称の影響を受けているのでは、と思われます。

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歴史的な絵画の主流が、世の至る所で、膠絵であったという事。それはどうしてかというと、膠というのは動物のコラーゲンに含まれていますから、どの地域でも採れる接着剤で、これを天然の絵具と併せて絵を描くということは、おそらく人類が最初に手に入れた絵画表現と思われます。ある意味で1番素朴な絵画表現が全世界で使われていたわけですが、今現在を考えてみると、日本画は今だに(辛うじて)原始的な素材を大切に使っている絵画と言えます。画材店に行くとわかりますが、今の絵の具や紙・筆、絵に関わる物のほとんどは人工物や、機械によって生産されています。そういった素材から見た日本画というものは、世界の中で孤高を守るというか、その手で1つ1つ丁寧に素材を作って下さっている職人さんたち共々、辛うじて天然の素材を大切に使う人たちが残っている絵画だと認識してくれれば、と思います 。

日本画の表現へ進む

日本画の表現

一口に言って、日本画は対象を線で表現し、西洋画は面で表現します。例えば、りんごを描くとして、そのりんごのどこにも線は存在しません。あるのは、立体的な面と充実した実体があるだけです。ですから、対象を忠実に実現しようとすれば、その面と、その面に当たってる光を忠実に写していけば、その実体を表現できるというのが西洋画の考え方です。この場合、面と面との境目に線が現われるわけで、それが画面上に表われるのは結果なのです。これは、西洋の実証的な思想から確立した技法です。

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対して、日本画は、対象を全て線に変えて表現します。描こうとする対象をそのままひき写そうとするのではなく、1度精神的なフィルタにかけて、対象の最も特徴とするところを線という手段で表現します。そこでは、表現したいとするものだけを描き、それに必要でない影とか、面の凹凸は省略されます。この最も典型的なものが、南画や水墨画と言われるものです。しかし、そうなると、中国の水墨画などと同じように思われますが、少し考え方が違います。中国では描かれた部分だけを評価し、余白の部分に意義を持ちません。ですから、余白にその絵の所有者の印が無差別に押してあります。日本では、描画の技術だけでなく、余白をも絵の大切な構成要素と考えるところに、日本画独自の空間意識があります。精神に重きをおく東洋思想的な線の表現に、空間意識を併せたものが日本画の本質だと思います。

日本画の歴史へ進む

日本画の歴史

 長い歴史を持つ日本画ですが、江戸時代までは日本画と呼ばれてなくて、仏画や浮世絵や水墨画などもそれぞれの流派別になっていました。土佐派とか狩野派とか琳派などと言っていたわけです。そして明治時代に入って、西欧から油絵技法が伝わり、それを西洋画と呼んだのに対し、それまでの各流派の絵を総称して「日本画」と呼ぶようになり、ここで日本画が誕生したのです。したがって、日本画は古くて新しい絵画とも言えます。

日本画の現在へ進む

日本画の現在

現代の日本画はとても大きく変化しています。新しい素材が開発されたことで素材の選択が増えたこともその原因の1つです。これはプラスにもマイナスにもなりました。素材の選択の幅が増えることは、表現の幅が増えることにもなりますが、反面に、開発されたすぐに使えるような楽な素材を使い始めると、めんどうな技術が必要な素材は使わなくなってしまうものです。それは、自ら素材や表現の選択の幅を減らしてもいるということなのです。また、日本画が伝統工芸だという誤解や批判が、第2次大戦後に多かった時代があり、当時の作家たちが日本画を芸術と認めてもらうために、それまでの素材や技術を否定し、西洋画のような表現をした日本画を描くことになりました。その結果、使われなくなった素材や技術がすたれていき、日本画の姿が変わっていきました。

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今現在、私たちの周りには情報が飛びかっています。それは芸術でも同様で、幸せなことに貴重な作品や新しい表現がすぐに美術館やギャラリー、様々なメディアを通して触れることができます。これからはもっと日本画の姿が変わっていくでしょう。今、危機的なことは、そのことなのです。それは、日本画が日本画でなくなる可能性を持っているからです。最近の美大のカリキュラムに於いて、素材や技術の実習を多く取り入れ始めているのは表現のみが先走った、日本画ではない芸術にならないことを願ってでしょう。私たちも日本画の在り方を自分や他人の作品を通して、見つめていきたいと思います。